勝又健一(以下勝又):
橋本先生、本日は宜しくお願いします。今回の対談は、外科医の視点から麻酔科に関してのお話を聞ければと思っております。
橋本先生(以下先生):
こちらこそ宜しくお願いします。もう御社とのお付き合いは3年くらい経ちますでしょうか?
勝又:
2014年頃からだったと思います。どのようなきっかけで弊社にお話を頂いたのか、改めて聞かせて頂ければと思います。
先生:
そうですね、当時は麻酔科の部長が変わり、それと同じ時期に病院の管理体制も一新して管理者も変わるという事で、麻酔科の実態がよく見えていませんでした。それで麻酔科の体制はどのようになっているのか調査したところ、うちの病院では7列から8列で手術を回しているのですが、このままでは麻酔科の数が足りなくなるという事が分かりました。“手術を増やすにはどうしたらいいか?”という議論をしていたのですが、実は増やすどころの話ではないという事になり、一般的に言われている事ですが、全身麻酔の手術列数と麻酔科医の常勤医の数が最低でも同じ位の人数、最低でも7名は麻酔科医が要るだろうと…
勝又:
そうですね。
先生:
ですが、常勤医が7人もいないじゃないですか、それだけではなくて非常勤の先生方も数名辞めるとの事で、危機感が高まり、それでご相談したのがきっかけだったと思います。外科医としてはやっぱり麻酔科医がいないと手術がどうなっちゃうんだろうという危機感がありました。また、手術数が減る見込みはなかったので、ちょっとでも非常勤の麻酔科医を入れないといけないだろうなと、それでうちの病院の麻酔科の先生にご紹介頂いた勝又さんにご相談しまして、常勤の麻酔科医の疲弊を何とかしないと負のスパイラルに陥りますよ、というお話を伺い、御社にお願いしようと、そのような経緯だったかと思います。
勝又:
次に橋本先生の簡単なご経歴、プロフィールを教えて下さればと思います。
先生:
私は非常にシンプルなんですよ。僕は東京大学を卒業して、そのまま東京大学の第三外科に入りました。それからずっと外科で、研修医の間に埼玉医科大学総合医療センターの放射線科に半年間、麻酔科に半年間その後、今はなくなっていると思うんですが東京都職員共済組合青山病院に2年ちょっと切れるくらい居ました。その後、帰局して墨東病院の救命救急センターに一年ちょっと居まして、また帰局しまして、その後3年くらい医局長やった時期もありました、それで…2004年でしたかね、ここに着任しました。
勝又:
じゃあもう10年以上いるのですね!?
先生:
そうですね、2004年に来ましてもうそれ以来になります。
勝又:
基本麻酔科の先生方とのご縁も東大の麻酔科の先生方が殆どですか?
先生:
そうですね、お付き合いがある方は東大の麻酔科の方が殆どですね。僕らは麻酔科を半年間回っているという事もありまして、まあ病理と麻酔科には頭があがらない。麻酔科や病理の先生に盾突くと診療ができないんですよね。なんでまあそういう時代ですよね。でも、今はちょっと変わってきている。麻酔科の先生に言いたいことを言う外科医もいるみたいで、そういう人は注意しているんですけど・・・
勝又:
僕がエージェントをやりながら思うのは、お互いチームですし、目的に対して意見を伝える事はありだと思うんですけど、今は麻酔科の先生に機嫌を損ねられると困るので、発言を控えられる先生が多いのかな。という気はしています。お互いがわがままを主張し合うのではなく、お互いの共通ミッションである患者さんの事を考えての議論をするべきだと思うんですよね。
教授:
そうですね。患者さんに関する事であれば当然議論を交わすべきだと思います。
勝又:
麻酔科の先生方から実際に聞いたお話を申し上げますと、外科系の先生方の中には患者さんの全身状態が悪くても手術を行いたいという方がいます。麻酔科は術後の事も考えて手術を止めなければならない場合もあるのですが、外科医からしてみたら高リスクな状態だけれども手術が最良の手段だったりすると麻酔科の協力を仰がないといけなかったりもする。どちらの主張が正しいか正しくないかではなく、双方配慮のある言い方であればいいんですけど、そんな言い方じゃないから喧嘩になるのですよね。「こんなハイリスク症例はやれない」っていう麻酔科の主張と一方で、「これだけ頼んでいるんだから協力しろよ」、みたいな勢いになるような話がまあ色々なところから耳に入ってきます。
先生:
まあ外科系の先生方は、最終的な責任は主科である外科医ですので最終的には我々の方針に協力して欲しいと思っている方は多いと思います。もちろん、「なんとかお願いします」という気持ちです。ただ、もし万が一の事が術中にあって辛い思いをするのは外科医もそうなんですけど、麻酔科医もそうだし、手術室のスタッフもそうだし、そのリスク管理ができないとボディーブローのように効いてくる訳ですよ。「こんな病院では勤務してられない」というような気持ちにさせてしまう。なので主科にストップをかけられる麻酔科の意見はしっかり聞くべきだと思います。この手術は後遺症になるリスクがあるけれども、それでも手術をするかというのは十分議論を重ねないといけないと思います。麻酔科と主科が対立した時にどこが調停するかというと、うちの病院では管理部門がちゃんと調停して最終決定を下しています。特定機能病院でここの部分は最も監視されている所なんですけれども。。。
勝又:
なるほど、今のお話を伺っていて外科医と麻酔科医の理想的な関係というところに近いお話かなって気もしています。本来はお互いに嫌な思いはしたくないじゃないですか、本来は言わなければいけない所を言わなかったり、お互い言わなくても分かっていると思っていて伝えなかったり。このような事でコミュニケーションのロスがボタンの掛け違いを作り、「えっ、そんなつもりだったの?」みたいな話になるなど、双方が忙しい事もあり昨今のオペ室の中ではよくありえるんじゃないのかという気がするんですけど。
先生:
コミュニケーションの問題は色々難しいです。
勝又:
キャラクターの問題もありますからね。
先生:
キャラクターとそれから職種間の問題もありますよね、上下関係という訳じゃないですが、ある程度の傾斜があったほうがいいともされているし、かといって傾斜がありすぎると全然話にもならなかったりします。年長者に言えるかといったら言えないですからね。麻酔科と主科の間もそうでして、先輩後輩やキャラクターで決まってくるところもあるんですよね。控えめな先生に対してなら強く出てしまう場合もあるでしょうし、はっきり主張する先生には言えないみたいな話に残念ながらなってしまう。
勝又:
そこは難しい問題ですよね。
先生:
あと、麻酔科と外科の付き合いが昔に比べて希薄になっていると思います。どの年代でもいいのですが、外科のチームの誰かが、麻酔科のチームのだれかと密接なつながりがあれば、上手く双方でコミュニケーションが取れるんですよ。上同士がしゃべらない、犬猿の仲だと困るんですけどね。その原因は制度的な事もあると思うのですが、“麻酔科を回る研修期間が少なくなったこと”、“外科として研修を行わなくなったこと”、この2つが要因だと思います。こういう時代でもあるのでそれぞれの科長との対話、コミュニケーションをしっかりとらないといけないと思うんですよ。科長(№1)とその下(№2)はしっかり他科と対話ができないと。
勝又:
こんな時代だからこそコミュニケーションが重要という事ですよね。特に科長やその下、麻酔科としてナンバー1、2の先生方には技術力ももちろんですがリーダーシップと共に重要性は増しています。麻酔科は特に他科との連携が主業務となる事が多いですからね。もちろん外科系の先生方もチーム医療としてコミュニケーションは重要ですよね。
勝又:
橋本先生は麻酔看護師についてはどのように思っていますか。
先生:
麻酔科の先生があまりにもフリーランスを主張するようでしたらですが、技術・知識に優れているがモラルに問題のある人と、技術・知識が物足りないが、モラルは問題なく勤務先に愛着があり、この病院の為に働きたいという気持ちが強い方とどちらを採用するかというと、後者ですね。
勝又:
チーム医療を考えるとそうなりますよね。
先生:
うちの病院にご勤務して下さっている麻酔科の先生方はしっかりご勤務して下さる方が多いのですが、他の病院のお話を聞くと、どうなの?って思うような麻酔科の先生もいるようで、フリーランスで自己都合ばかり主張するような方が増えて来たら、これはもう麻酔医看護師を導入せざるを得ないと思いますね。ですがうちの病院でご勤務してくれている麻酔科の先生方の意見は無視できないので、その先生方が「そんなのとんでもない」と言えば、そう簡単に導入できるものではないと思う。これが一般的な意見だと思うのですが。
勝又:
医師のエージェントをしていると若い麻酔科の先生方から色々な相談を受けるのですがそんな時に僕がお伝えしているのは「麻酔科医になりたいか?麻酔屋さんになりたいか?」というお話をするんですね。それは僕みたいな立場だから言えるんですが、そのような話をすると「えっ?」という顔をするんです。それで少し怒った顔で「麻酔屋さんってどういうことですか?」というような言い方をされるので、僕は「いや先生、僕の評価の最低ラインは麻酔を安全にかけて醒ます事だから、それしかやる気がないとなると今は麻酔科の手が足りてないので需要がありますが、数年経ち需給バランスが整うとどうなるか分かりませんよ」という話をします。最高に難しい医師免許を取り、専門医まで取得してる先生方が、最低ラインの仕事をして満足してもらっては困るので、麻酔科医である以上は、安全に寝かして醒ますのは当然で、オペ室のコンダクターであって欲しいし、外科の先生方にブレーキがかけられるくらいの信頼関係を外科の先生方と築いて欲しいしと思うのです。単に安全に寝かして醒まして手術数をこなして、文句ないでしょ?というのはちょっと違うのではないかと思います。技術に関しては資格でコントロールをしていますが、それ以外のスキルに関しては評価するのは難しいところではありますよね。
先生:
麻酔科というのは誤解を恐れずに申し上げると空気みたいな存在で普通にいて当たり前なのですが、いないと非常に困る。だから麻酔科医というのは評価されにくいとは思うのですよね。
勝又:
うまくいって当たり前の仕事ですからね。
先生:
僕が研修医の時に“今日の麻酔科うまくいったなぁ”とか、“あの時輸血遅れてたら危なかったなぁ”とか思うけれど、おそらく外科医は何も感じていない、普通に“うまくいったな”それで終わりです。別に麻酔科が上手かったからだとかそんなことは考えない。つまり何事もなく終わる事が当たり前だと思って手術を行なっていますし、麻酔もかけてる訳ですよね。お互い自己満足していればそれで済むものを、ちょっとトラブルが起きたら、お前のせいだとなるところが、若干手術にはありうるから、そこが何らかのトラブルの発展につながりますよね。手術が上手くいかなかったのは「麻酔科のせいだ!」と言ってしまうのか、あれは自分も悪かったと思うのか、の違いだと思うんですよ。
勝又:
僕が聞いたことのあるトラブルの中で麻酔科として絶対に許せないとなるパターンがまさに今のようなパターンです。手術が上手くいかなかった時に、何か悪かったのかをテーブルの上で議論するならいいんですけど、例えば患者の家族からクレームを言われ、謝罪をする際に「俺は悪くない麻酔科が悪い」というのを麻酔科医に相談なく言っちゃうとか、新聞記事をみたらいきなり麻酔科が悪いことになっているなど、少なからず表に出る前に相談があればここまで怒らないのに…ということは多々ありますね。
先生:
そのような症例は麻酔科医を含め自然と症例検討があって改善策が打たれるべきなんですよ。その辺のプロセスが欠如しているのですよ。そこが大きな問題ですよね。
勝又:
麻酔科医の評価に関してなのですが、トラブルになったときに対処をして無事にまとめて手術を終える、というのが一つの麻酔科医の存在価値と言われている部分ではあるんですけど、本当に上手と言われている先生は、術中に事前予想をして早め早めに手を打つからそもそもトラブルにならないんです。実は大変だったんだけれども何事もなかったかのように見える先生がいらっしゃるようなんですけど、どうご評価されていますか。
先生:
自分が行なっている手術自体は、物凄い難しい麻酔管理を必要とするようなものじゃないので、それはなかなか難しいんですけど人間性でしょうか…、僕らの手術ではそこまで麻酔技術に差がでないと思うので
勝又:
そうなんですね
先生:
まあ、クリティカルな心臓や大きなおなかの手術、救急とかね…、確かに何事も先手先手で対処していくのが理想的なんでしょうけどね。評価方法は難しいですね・・・。手術をストップして下さい位はどうってことないんですけど、術中にトラブルが起こって麻酔科医も大変という時と、術中なにもないんだけど、麻酔科だけが焦ってるという場合は違うと思うんですよね。手術が原因で何か起こった時はしょうがないと思うんですけど、麻酔科医は麻酔科医で役割分担を発揮してもらい、難なく処理しといてくれるのが理想的かなと思います。じゃあ、なかなかそういう先生をちゃんと評価できてるかというと難しいかもしれないですね。
勝又:
意外と後者のタイプの先生は、表面的には何も起こってないので
先生:
いや、でもそういう先生は術後アウトカムがいいので評価されてるんですよ実は、あの先生にかけてもらったらトラブルないよねって、ただお伝えしてあげてないのはあるかもしれないですね。
勝又:
その一言で麻酔科の先生のモチベーションも変わるかもしれないですね。麻酔科の成長ステップですが、最初はトラブルがあった時に大慌てで指導医の先生を呼んで、指導医の先生がきて対処して事なきを得る事が多いじゃないですか、その経験を段々積むことでトラブルの際に指導医の先生を呼ばなくても対処できるようになってくる、さらに経験値を積むとある程度予想がついて常に安全な状態で麻酔をかけられるというのが、なんとなくの成長ステップなんです。ずっと安定したトラブルのない麻酔はキャリアをしっかり積んでないとできない。予測や想像力を養っていかないと、なかなかそこまでいかない。
先生:
AIがね、威力を発揮する可能性があるんですよ。僕は医療情報部門も管轄しているんですけどビックデータを集積できるようになったら、ある程度患者の術中予想ができるようになる、それは麻酔なんかにおいては短い時間で集積され、こういうパターンが現れたらつぎはこのような事が起こる可能性があるっていうのが予測できるようになるのではと思っています。
勝又:
現在、麻酔科医を募集されておりますが国立国際医療研究センター病院ならではの魅力を教えてください。
先生:
多彩な患者、多彩な手術が行われているので様々な症例が経験できますよ。それから、ナショナルセンターのミッションとしては国際協力が挙げられていまして、具体的にはベトナムに協力をしています。麻酔科医の技術協力の打診を受ける事がありまして、そこで麻酔をかける事は一時的な協力であって、国際協力というのは現地でいかに医療を根付かせるかということ。制度とか指導者の育成なのです。そのようなことにも携わっていけるようにしています。
勝又:
留学生の育成はやっているのでしょうか?
先生:
一応行なっているのですが、現在はあまりいません。なかなか日本で医療行為をやることが難しく、少し前に日本に迎え入れたインドネシアの看護師は中々上手くいかなかった。日本に迎え入れて育成するというのは難しいことが分かったので、そういう意味でも出向いて指導者の育成をするというのが現実的かなと思います。ただ、現在は麻酔科医が潤沢にはいないので、派遣するためにはマンパワーに余裕がなければできないですよね。
勝又:
なるほど
先生:
あと、うちの病院は感染症例が多いですね。希少疾患の手術(完全減量切除術・HIPECなど)も行なっており、成人手術では臓器移植以外の手術はほぼ経験ができます。臨床研究をやりたければ臨床研究支援部も充実してまして、これも時間が確保できれば可能です。また、これからの後期研修医のための日本専門医機構による専門医育成では、日本麻酔科学会の下で基幹研修施設として登録しています。そのプログラムでは首都圏のナショナルセンターである、国立成育医療センター、国立がん研究センター中央病院との連携をしており、首都圏3ナショナルセンターをローテーション研修可能です。その他、ペインクリニック、ICUの認定施設ですので、余裕があれば研修も可能ですので、積極的に勉強することもできます。Dプラスさんを中心として非常勤の先生方にも来てもらっているので、常勤の先生方の負担にならないような手術室運営にも努めております。
勝又:
臨床研究の支援も充実してるとの事でしたが、ナショナルセンターなので研究系に関しては市中病院と比べて潤沢だと思うのですが
先生:
イントラの研究費が毎年あります。比較的取りやすいと思います。
勝又:
それはナショナルセンターの強みですよね。
先生:
臨床研究中核病院を目指しているので、特に臨床研究に関しては潤沢にお金を出す準備はあります。やる気さえあれば、麻酔科は比較的臨床研究をやりやすい分野とは思います。そして、当センターは新宿区という都心に位置しており大変好立地です。麻酔業務だけではなく、臨床研究や国際交流に興味がある方など、ぜひお越しいただけると幸いです。
勝又:
都心の総合病院で症例バリエーションも豊富。研究、特に臨床研究はやりやすく、ナショナルセンターとして強みを活かして研究費も一般病院よりは取りやすい。さらに国際協力や感染症例といった強みもあるというバランスの良さに加え、麻酔科過重労働に関しても業務量コントロールの術というか経験も積まれている。また以前に橋本先生が仰っていましたが、学閥もなく風通しの良い風土と総合的なバランス力が最大の魅力ですね。本日はお忙しいところありがとうございました。
先生:
今後ともよろしくお願いいたします。