病院経営における手術医療の重要性
鈴木 利保先生
病院経営における手術医療の重要性
勝又健一(以下勝又): 鈴木先生、本日は宜しくお願い致します。お忙しい中お時間下さり、誠に有難うございます。
鈴木先生(以下先生): こちらこそ宜しくお願いします。
勝又: 早速ですが、お話をお伺いしたいと思います。鈴木先生が東海大学を率いていく中で工夫されているポイントがいくつもあると感じているのですが、手術医療の重要性や病院経営と麻酔科の結び付きに関してお話頂けますでしょうか。
先生: まず麻酔科は元々外科の麻酔班から始まったので、未だにその傾向があるのかなと思っていまして、その中で麻酔科の既得権益を担保するためには多分、手術室のイニシアチブを取っていくことが非常に重要だと思っています。そもそも日本は世界に冠たる高齢化社会になっていて、平均年齢が男性は81歳、女性は87歳で十数年後には平均年齢が90いくつ…と、そういう時代に差し掛かってきています。今65歳以上が約28%、70歳以上は約20%で、総人口約1億2000万人の内、約3500万人が高齢者という時代になってきているので、今後は間違いなく医療費は増加してくるでしょう。またこれに合わせて少子化も歯止めがかからなくなり、現在大学に入学する18歳の人口は約120万人ですが、10年後には100万人を切ると言われています。当然、私立大学は運営が厳しくなるのですが、その中で医学部のある大学は医療収入があって、医学部に依存する体質になりがちなんですよね。東海大学もまさにそうなんです。
勝又: ということは、大学病院の機能の中の、教育・研究・臨床の3つの機能のうち、研究ももちろん大事ですが、優先順位が少し臨床寄りになっているということでしょうか?
先生: 臨床を求められているかもしれませんが、教育・研究・臨床のバランスは特に私立大学では非常に重要だと思っています。大学機関別認証評価をとってその質を高めていかないといけないですし。
勝又: ですが、先ほどのお話からだと大学を運営するにあたっては収益の事も考えなければいけないんですよね。
先生: それはそうですね。
勝又: 医療だからといってビジネスは無視できないですよね。
先生: そうですね。
勝又: そういった意味では東海大学さんは一時期、非常に収益の厳しい時期もあったと聞いていますが、収益をV字回復させたのはオペ室の関与が非常に大きかったと聞いていますけども。
先生: 東海大学は、2006年にオペ室含めてリニューアルしたんですが、リニューアル前に当時の医学部長が「将来的に日本は、高齢化社会になり欧米型のDRG/PPS(診断群別包括支払い方式)になるだろう。」と読み切っていたんですね。その際に部門ごとの収益性など病院の収益構造の調査をしたところ、急性期医療に特化することが一番病院の収益性が上がるということが分かったんですね。在院日数を短くして手術を沢山する事で収益性があがるという事です。そこで東海大学では手術を沢山出来る環境を整えたんです。手術室を増やすのはもちろんですが、手術室に連結している外来を多機能化して、麻酔科医が手術室の外に出ていかなくても対応出来るようにするとか。
勝又: 確か私が鈴木先生にお会いした最初の頃だと思うんですけど、新しいオペ室の設計図を見せていただいて「これがリカバリールームで…」なんて話をして頂いた記憶があります。当時リカバリールームという発想が出始めたばかりで、多くの病院が設置しておらず、委員会の承認を得るのに結構時間がかかったと聞いたのですが。
先生: そうですね。リカバリールームは手術室の在室時間を短縮するために必要なんですよ。それから手術室の標準化も図りまして、同じような機能のある(広さ、電気容量など)部屋をたくさん作ることによって入れ替えが簡単になり稼働を高めていったんですね。手術が長くなると、手術室スタッフや麻酔科医は終わるまで待たないといけないですからね、それは疲弊する理由の一つになるんですよ。そこで手術が延長した場合でも、次に予定していた手術を別の部屋で行えるように手術室をたくさん作って、スケジュール管理をしやすいようにしたんですよね。
勝又: 効率性を求めると職場環境も改善されますからね。ですが同時に安全性の事も考えないといけないですよね。
先生: もちろん、その通りで我々が若い世代の頃は、手術室のモニターや麻酔器は各部屋で全部違ったのですが、安全性も考えてオペ室のリニューアル時に医療機器も標準化しました。また麻酔方法や術前外来のインフォームド・コンセントも標準化するようにしたんですよ。
勝又: なるほど。急遽、麻酔科やスタッフが入れ替わってもそれなら対応できますね。それでいうと手術室運営の視点でこれからの麻酔科医を考えると、麻酔を安全にかけて覚ませるは当然として、どのような事を日頃から意識をしていけばよろしいでしょうか。
先生: まず、うちの大学病院の収益の3分の1は手術室で稼いでいるんですよ、他の急性期医療を行っている病院でも手術室は収益の柱だと思います。まずそこにプライドを持って、麻酔科医全体のプライオリティを保っていくために外科系と一緒に手術医療を発展させて、そして病院医療に貢献して、効率化を図っていく。
勝又: なるほど。日本麻酔科学会の大きなテーマとして、チーム医療を推し進めていると思うのですが。
先生: 東海大学では1990年代からコーディネーションナースといわれる手術看護師がいまして、予定手術の患者さんに対して様々な調整を行っていますよ。まあ日本麻酔科学会の周術期管理そのものが今後どのようになるのか分からないけれど、周術期管理チームを上手く回して、安全と効率化推進していくことが重要です。
勝又: 麻酔科医は外科系とはもちろんですがコメディカルとの連携も欠かすことはできないですからね。
先生: また、高齢化社会ですから、フレイルとかサルコペニアの患者さんを扱うケースが非常に多いので、その患者さん達の予後を改善することに麻酔科医が中心で関われるのはすごくいいことだと思いますよね。麻酔科医が手術室以外の分野で活躍できる場所といえば集中治療やペインクリニックなどが挙げられますが、必ずしも麻酔科医が中心じゃないところもあるでしょうし、救命救急センターっていうのも元々は麻酔科医が中心でしたが今では様々な診療科が携わっていますので。当たり前かもしれませんが、手術室の麻酔業務は麻酔科だけの仕事ですからね。
勝又: 先ずは麻酔科としてしっかりプライドを持つことですよね。
先生: 病院内での麻酔科の地位を上げるために、手術室のマネジメントに携わり病院経営や医療経済を意識して、それで麻酔科医を無視できない状況に先ずはしていかないと。それからですよね、集中治療やペインクリニックなど他分野にステップアップするのは。
勝又: そうですね。麻酔業務に専念するのはもちろんですが、病院全体の事も考えながら視野を広く持って、病院経営にどのように関わっていくか、日頃から意識しないといけないかもしれませんね。
麻酔科医における先輩と後輩の関係性
先生: 「麻酔科である事にプライドを持て」と話していますけど、医師として変にプライドを持ってしまうと最終的には自分の将来を駄目にしてしまう事があると思いますね。人生の選択の一つに退職があると思うんですが、「自分で決めたことですから」と辞める時にみんな口を揃えて言うけど、辞める時に客観的な自己評価をしてないことが多く、周りがどのように思っているか、あんまりよくわかってない事が多くって、要するに現状から逃避してしまうんですよ。これって人生を歩む上で問題があると思っています。
勝又: 今の話ですが、僕のエージェント経験からいうとなかなか相談ができないっていうのもあると思いますね。先輩に相談しても「辞めるな」としか言われない、身近な人に相談をしても医療現場の事や辛さを分かってくれないとか、結局相談をする先が少ないことも課題だと思うことがあって…。
先生: 自分が若い頃が良いかどうかは分かりませんが、昔は良い意味でのパワハラがあってその中から学ぶことが結構多かったんです。そういう事で先輩後輩の人間関係っていうのを培ってきたんですよね。日中は麻酔をかけて、働いた後に若い先生たちと食事に行って、麻酔の怖さや面白さを伝えていくって事で関係を作っていくと思うんです。それって今の若い先生にとっては迷惑かもしれませんが…。
勝又: 今は些細な事だとか、それが例え部下のためを思って伝えても、受け手がどのように捉えるかでパワハラやセクハラって問題になってしまう時代ですからね。
先生: そうなんですよ。あまりやり過ぎるとパワハラという話になるので、積極的に関わりづらかったりするのかもしれないですね。そういった意味では寂しい時代かなって思いますね。技術的な事は今も昔も変わらず自分で学ぶべきだと思うのですが、自分が若い頃は先輩から麻酔に対する情熱や考え方を教えて貰って、それが今でも生きているんですよ。若い先生にも先輩の麻酔に対する姿勢みたいなものを吸収して欲しいと思っています。今はそういう関係が希薄になってしまっているから、相談する相手がいなかったりするのかもしれないですよね。
勝又: そうですね。
先生: それから、上司も自分の時間を使って、自身のお金で食事に行ったり飲みに行ったりすることで、麻酔の面白さを伝えてあげる、こういう関係づくりが将来の自分に返ってくるんですよね。ただ、無理やり誘うとパワハラって言われるかもしれないですし、女性を無理に誘うと今度はセクハラだって言われるかもしれないですからね(笑)
勝又: 私も女性社員をご飯に誘う時は慎重に声を掛けてますよ(笑)
先生: こういう時代だからしょうがないよねって言っても仕方がないので、上が変わらなければいけないと思います。
今後麻酔科医に求められるもの
勝又: そういった意味ではコミュニケーションって難しいですよね。先輩後輩もそうですが、外科医やコメディカルとのコミュニケーションも綿密におこなわないといけないですからね。
先生: そうですね、麻酔科医に求められるのは、やっぱりコミュニケーション能力だと思います。あと、危機管理。ある程度の立場になるとインシデントやアクシデントの対応をしなければならないことはよくあるんですよ。そのような場合に周りとのコミュニケーションをしっかり取って問題を解決しないといけないですからね。
勝又: 上に立つ人はスタッフが安心して働ける環境を作らないといけないですしね。
先生: そうですね。あと麻酔科はチーム医療に携わっていかないといけない診療科ですから、チームのモチベーションや意識が同じだとスムーズですよね。麻酔科医に求められるのは、コミュニケーションスキルと危機管理能力。それから、周囲とのコーディネーション能力ですよね。
勝又: そう考えると、コミュニケーションスキルであったりとか、チーム医療でリーダーシップを取ったりとか、そういう事を意識して経験を積んでいく事で、病院から必要とされる人材になっていくと。そうなりますと、視野を広く持ったり、そのバランス感覚みたいなことって重要ですよね。
先生: そうですね。バランス感覚も非常に重要で、物事っていうのはね、ある事を立ち上げると、必ず別の所に歪みが出てくるんですよ。例えば手術室の効率化を図っていくと、手術数が増えて一般病棟に帰室する患者が増えるわけですよ、そうするとそこに歪みが出てくる。手術を増やしたら収益が上がるので、病院は収益性の高い所に人材を回して、収益性が低い一般病棟には人を増やしたがらない傾向があるのですが、更に夜間だと人手が少ないので、夜遅くまでガンガン手術をしてしまうと病棟でトラブルが起こってしまう。それで今術後管理体制が危ないということをアクシデントを通じて知ることになるのですよ。また患者さんにより良質な術後疼痛管理をしたいと思って、麻薬を使ったりだとかIV-PCAを上手く使用してみたりしますけど、自分の行った結果を麻酔科医がすべて自身で見れる訳じゃない。要するに自分がよかれと思ってやった事で何が起こっているのか、どのような体制になっているのかっていうのを知る必要がある訳ですよ。そういうことを知った上で、どうしたらいいかって事を考えないといけないわけですよね。
勝又: 経営サイドから手術数をもっと増やそうとの方針があって、それに手術室で応えたとしても病棟での受け入れ体制が出来ていないと、その後トラブルが頻発するっていう…。
先生: そう、例えば、麻酔科医が効率性を求めるがあまり、麻酔をした後の書類が不十分になってしまい、外科の主治医に申し送ったんだけど、外科医も続けて手術に入って対応が十分にできず、後はナースが見てくれると思っても、19時以降はナースがあまりいなくて、という悪循環が生まれたりするんですよね。だからこのようなアクシデントを通じてどのように対応していくかは考えていかないといけないですよね。麻酔科は手術の麻酔だけやってればいいでは駄目で視野を広く持たないといけないんですよね。うまくバランスを取らないといけない。
勝又: そうですね。そういう事に日頃から関心を持って日々過ごすのと過ごさないとでは将来的には大きな違いが出てきそうですね。若い時は関係ないかもしれませんが、いずれは部下を持ってマネジメントする立場になるでしょうから、その時に必ずプラスになると思います。それでいうと話は変わりますが、ここ最近AIの話題が増えてきたり、麻酔看護師のお話も挙がったりと、少しずつ麻酔科の環境も変わってきていると思うのですが…。
先生: それはね、大学の中ですごく大きな問題になっていて、2006年にリニューアルをおこなった時に「効率化と標準化と安全対策」ということを謳っていたんだけど、最近はそうもいかなくなっていまして…。それはどういうことかというと、いわゆる低侵襲手術っていうのがありますよね。これって本来の開腹手術や開胸手術ではできない高齢でハイリスクな患者さんでも低侵襲手術だとできるんですよ。
勝又: なるほどなるほど。
先生: ということは、今までと比べて高齢化が進んで手術適用も多くなって、例えばTAVIに至っては、物凄く大きな設備投資をする割に収益性はイマイチなんですよ。だけど、時代の流れもあって始まったことはやめられないんですよね。病院的には標準化や効率化という面で少しそぐわない部分があるんですが大学病院は標準化や効率化だけではなくって、教育機関としての使命もありますから、新しい事もどんどん取り入れないといけないですからね。それが学生や勤務している医師のモチベーションにも繋がるでしょ。だから、効率化と標準化だけやってる時代じゃなくなってきているんですよね…。10年間同じことを掲げていても意味がないわけ。だからそこで時代の流れがどういう風に変わってきているか考えないといけないんですよね。
勝又: 全体的に症例数が伸びているのはそういった背景もあるんですね。
先生: そうですよ。症例数の伸びっていうのは多分、高齢者の手術数が増えてきているということですよね。だから、今お伝えした時代の流れや、最初にお伝えした少子高齢化の問題を知った上で今後どのような麻酔科人生を過ごせばよいか考えなくちゃいけないんですよね。
勝又: そう考えますと、なかなか難しいですね…。ですが、時代の変化や環境がどのように変わろうと手術スタッフと連携して外科医をコントロールしながら手術室のコンダクターとして、リーダーシップを発揮していかないといけないですからね。
先生: そうですね。麻酔科っていうのは今後、リーダーシップをどんどん取っていかないといけないと思うんですよ。それでリーダーシップをとっていくためには、何が必要かっていうと、病院から求められる人材になるってことになるのかな。そして、その為に上の人間は、自分が10を得たら半分は返してやらないといけない。要するに、「自分が良い思いしたら、下に5は返してあげなさい。」と。例えば学会発表の準備の時に面倒見てもらったとか、キツイときには手伝ってもらったよ、っていうような事を後輩は忘れないと思うんですよ。だから上がやるべきことは自分の鍛錬を怠らず、部下のサポートをしっかりすることだと思うんですよね。こういった地道な事がコツコツ積み重なって部下や周りからの信頼を得る事ができて、それがリーダーシップに繋がっていくと思います。
勝又: そうですね。若いうちはガムシャラに技術を習得し、他科やコメディカル、経営とのバランスを意識した視点を持ちつつ、後輩には先輩から得た事を還元していく。そうする事でリーダーシップが備わった存在感のある麻酔科医になれるという事ですね。あと最後に若手の先生へお伝えしたい事はありますか。
先生: あとお伝えしておきたいのが、僕の医局の方針というのは「十分なお金」と「十分な資格」と「十分な休み」なんだけれども、ある時期になると何かを犠牲にしなきゃいけない時が必ずあるんですよね、そうなった時にお金が欲しいのか、休みなのか、自分のやりたい事に時間を割きたいのか、研究なのか、これは若いうちから考えておいた方がいいと思いますね。
勝又: そうですね、僕らもエージェントとして先生の転職相談を受けるときに、家から近くて給与が良くって、週4日勤務でオンコールが無くって…と色々とご要望を頂くんですが、ご要望を全部叶える事は難しいんですよね。なので先生には優先順位を決めて頂くようにしていますよ。
先生: そんな理想的な職場は中々ないですよね。
勝又: そうなんですよね。しかし、東海大学さんは鈴木先生が上記のような方針を掲げていらっしゃるので若手の先生方にも魅力的な職場なんじゃないでしょうか。たとえ三つの方針の両立が難しくなったとしても「どれを優先したいか自分自身で考えて欲しい」と個々の選択にゆだねている先生の姿勢は、今の「多様性が尊重される時代」の先生方へ刺さるのではないかと思います。鈴木先生、本日はお忙しい中有難うございました。
先生: 有難うございました。
鈴木先生が幼少期に婦人画報にモデルとして表示を飾った貴重な雑誌も見せていただきました!